三年半ぶりに,ブログを更新します.その間,忙しかったこともあり,なかなか記事を書くことが出来ませんでした.
2023年2月に60才になり,その3月末をもって(株)エーイ―ティーを退職しました.会社退職のちょっと前に,(株)オメガソリューションズを設立し,4月1日から社長として自分の会社で働いています.
三年半ぶりに,ブログを更新します.その間,忙しかったこともあり,なかなか記事を書くことが出来ませんでした.
2023年2月に60才になり,その3月末をもって(株)エーイ―ティーを退職しました.会社退職のちょっと前に,(株)オメガソリューションズを設立し,4月1日から社長として自分の会社で働いています.
カルマン渦 (Karman vortex) は,流れのなかに障害物を置いたとき,その後方に交互にできる渦の列です.図1にそのアニメーションを示します.左から右に一様な流れがあり,その途中に円柱が置かれえいるモデルです.円柱の下流に特徴的な渦列ができています.
| 図1 円柱の後ろにできたカルマン渦. 円柱の両側の流れが異なる色で表示され、渦が交互になっています.作者: Cesareo de La Rosa Siqueira.Wikimedia Commons より. |
このカルマン渦が生じる条件は,レイノルズ数で決まります.レイノルズ数 \(Re\) は \begin{align} Re=\frac{\rho v L}{\mu}=\frac{vL}{\nu} \end{align} です.ここで,\(\rho\) は流体の密度,\(v\) は流体の速度,\(L\) は特性長さ,\(\mu\) は流体の粘性係数,\(\nu\) は流体の動粘性係数です.流体の現象が慣性と粘性のみの場合,レイノルズ数が等しいと,流体の流れは相似になります.すなわち,スケールによらず同じ形 (相似) のな流れになります.これを「レイノルズの相似則」と言います.
カルマン渦が小さなスケールでも大きなスケールでも同じような渦が生じるのは,この相似則のなせる技です.カルマン渦が生じるのは範囲は,レイノルズ数 \(Re\) が 103 から 105 の範囲です.この範囲だと,スケールによらず相似なカルマン渦になります.
このカルマン渦は,レイノルズ数のみで決まるので室内の小さな流れ (数 cm) から自然界に発生する大きな流れでも起きます.例えば,図2は人工衛星から観測した MODIS の画像で,とても大きなカルマン渦が見えます.流れの始まりの左上の直径 11 km くらいの小さな島です.200 km くらい続くとても大きな流れです.
| 図2 トリスタンダクーニャ島沖のカルマン渦.NASAのテラ衛星による観測.画面全体は約 450 km × 270 km です.Wikimedia Commons より. |
私の長年の勘違いは,この大きなカルマン渦のレイノルズ数も 103 から 105 の範囲と思っていました.この人工衛星の写真の流体の速度 \(v\) は1 m/s から 10 m/s 程度,\(L\) は島の直径で 11×103 m,動粘性係数 \(\nu\) は10-5 m2/s 程度です.したがって,レイノルズ数は 109 から 1010 と非常に大きな値になります.通常,これは乱流です.それにもかかわらず,カルマン渦が生じるのは何かもっと奥深いものがあるようです.私は流体の専門家ではないので,これ以上はわかりません.詳細は「Evolution of an Atmospheric Kármán Vortex Street From High-Resolution Satellite Winds: Guadalupe Island Case Study 」に書かれています.
気体や液体のように引きちぎられるものが,数百 km におよぶ規則的な模様ができることは驚きです.それとともに,その振動の周期が遅いことにも驚かせる.自然って,不思議です.
今年 (2021年) の 9 月に放射線医学総合研究所を訪問したとき、国産 PET (Positron Emission Tomography) 一号機を見る機会がありました.それが下の写真で建屋の隅のほうにひっそりと展示されています.
| 国産 PET 一号機 |
僕はこういう歴史的な装置を見ることが好きです.装置の上部には
| 名称 | POSITOLOGICA-I |
| 設計 | 放医研物理研究部 |
| 製作 | 日立メディコ,日立製作所 |
| 設置 | 昭和54年 (1979年) |
と簡単な説明があります.このポジトロンCTが,今で言う「PET」のことです.日本のPETの開発の歴史については「日本におけるポジトロン断層 (PET) 装置の研究開発のあゆみ」に詳しい説明があります.
1979年は,僕が高校に入った年です.この頃は日本はとても元気があった時期です.ちょうど,エズラ・ヴォーゲル著「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が話題になった年でもあります.そんな中,研究者とエンジニアーは新しいものを作るという気概で,一生懸命にポジトロン CT を開発したと想像します.羨ましい時代です.今や,利益ばかり言われ,失敗もできない開発ばかりです.エンジニアーは疲弊し,研究者は何をしてよいか迷っているような感じです.皆が夢中になって開発できるような環境が欲しいですね.そういう環境を作ることが,私のようなシニアエンジニアーの仕事と思います.