2022/01/11

ハリソンの精密な時計 (クロノグラフ) の開発の物語

ハリソンの精密な時計 (クロノグラフ) の開発には,面白い物語があります.1 8 世紀初頭から中盤にかけてのことです.

時代背景

18 世紀の初頭は大航海時代が終わり,世界の隅々までがだんだんと分かり始めたころです.そのころから,イギリスは世界中に植民地の開拓を進めます.キャプテン・クックが世界中を探検したのが18世紀の中盤です.

図1は 17 世紀の終わり頃の 1689 年の世界地図です.大雑把に世界が表されていますが,安全に航海をするには精度が不足しています.特に,北アメリカの太平洋側北部の精度が悪いですね.このような精度の悪い地図で航海すると座礁や遭難の可能性があります.世界に出ていくために,精度の良い地図が求めらていました.精度の良い地図の作成には,経度と緯度の測定が重要になります.航海中の自分の位置を知るためにも,これらの測定が重要です.

1689年にアムステルダムで作成された地図

経度の測定

緯度の測定は比較的簡単です.北極星や太陽の南中する角度を測定すれば,緯度が分かります.それに対して,経度の測定には精度の良い時計が必要なります.遠く離れた場所で,グリニッジと同じ時を刻む時計があれば,経度の測定は容易です.太陽が南中する時刻 (グリニッジ時刻) を測れば,経度がわかります.別の方法で,経度を測ることができるかもしれませんが,精度の良い時計を使うのが最も簡単でしょう.

時計以外の経度の測定方法には,日食・月食を利用する方法や木星の衛星を利用する方法,月距法,偏角を利用した方法などがあります.これらについては,経度の歴史にかかれています.

経度法 (精密な経度測定に賞金)

1707年,イギリス海軍の4隻の船が地中海かからの帰路の本国近くのシリー諸島で座礁しました.これにより,2000人くらいの船員が亡くなりました.この座標の原因は,経度を正しく測定できなかったためです.この事故もあり,イギリス政府は 1714 年に経度法を制定しました.これは「船舶において現在地の経度を正確に決定するための簡単で実用的な方法に対して報奨金を与える」制度です.懸賞金は精度別に3ランクが設けられました (表1).揺れる船舶で使える精度の良い時計の発明に対して,懸賞金を与えると言い換えても良いでしょう.

ランクCの場合の時計の許容誤差は 120 秒です.この誤差が許されるまでの日数が問題です.別の資料によると「経度法では西インド諸島までの航海で平均日差2秒以内でなければならない」とのことです.この場合,西インド諸島までの公開に必要な日数は,60日程度という見積もりです.実際にはもっと長い航海もあるので,時計の精度は更に厳しくなります.世界中どこに行っても,誤差は120秒以下ということですね.日差が1秒よりも十分良い時計が求められていることになります.

表1 イギリスの経度法の賞金と要求精度.
ランク 賞金 (現在価値) 要求精度
A 10,000 ポンド (2.0 億円) 経度:1度 (時間:240秒)
B 15,000 ポンド (3.0 億円) 経度:40分 (時間:160秒)
C 20,000 ポンド (4.0 億円) 経度:30分 (時間:120秒)


ジョン・ハリソンのマリーンクロノグラフ

ジョン・ハリソンも,この難題に挑んだ一人です.彼は 1693 年にイギリスのヨークシャー州で,木工・大工職人の息子として生まれました.出自は貴族ではありません.幼い頃,時計とその動きに魅了され,時計職人になりました.そして,精度の良い時計を作るために,独学で機械工学や物理学を学んだようです.

ジョン・ハリソン

ハリソンの最初のクロノグラフは H1 です.これは,1936 年にリスボンへの航海でテストされました.そのテストの結果はまずまずで,かなり期待ができるものだったようです.当時のお金で500ポンド (現在価値: 1,000万円) が支払われました.次のクロノグラフ H2 は二年以内に製作することになっていましたが,色々と問題があったようで,完成しませんでした.その次は H3 で,完成までに19年の歳月を要しました.

1751 年からは H4 の製作に取り掛かります.これが革命的な時計になります.これまでと形が大きく異なり,大きな懐中時計のようです.その直径は 13 cm です.H3までと比べ形が大きく変わったことから,時を刻む仕組みも大きく変わったと思われます(詳細不明).1761年にポーツマスからジャマイカ島への航海実験に使われ,61日間の航海で45秒の遅れのみでした.一日あたり,0.74 秒の遅れです.経度法の要求精度を満たしました.また,キャプテンクックはこの時計 (マリンクロノメーター) H4  のコピーを持って,第二回と三回の航海を行いました.この H4 のおかげで,安全な航海ができたと思われます.

ハリソンは,1764年に更に精度の良い H5 を完成させます.これは,バルバドスへの5ヶ月間の航海で誤差15秒でした.一日あたりにすると,0.1 秒です.機械式時計では驚くべき精度です.その仕組にとても興味がありますが.ネットを探索しても,仕組みまで書いてあるサイトを見つけることができませんでした.

H1
H3
H4

ハリソンの時計は驚くべき精度ですが,それを検証するための時計もそれ以上の精度が求められます.私は検証に用いた時計にも大変興味があります.これもネットで調べましたが,それはわかりませんでした.「日時計でも使ったのかなー」とも思っています.日時計を使った場合,精度は良いでしょうが分解能が問題になります.「分解能が1秒程度の日時計が作れるのだろうか?」と,ますます疑問が膨らみます.

賞金と栄誉

ハリソンの H4 はとても素晴らしい結果を示しました.しかし,懸賞金に関しては,なかなか支払われなかったようです.この辺りは,Wikiwand: ジョン・ハリソン (時計職人) に詳しく書かれています.以下に引用します.

しかしグリニッジ天文台所長ネヴィル・マスケリンをはじめとする天文学者は天文学的方法による経度測定法にこだわっており、ドイツの天文学者ヨハン・マイヤーが作成した月の運行表による方法の方が「正しい測定法」だと主張してハリソンを中傷する報告書を提出し、また議会でもハリソンが庶民出身であることに嫌悪を表す者もおり、公正に評価されなかった。当初の条件になかった追加試験を要求され、1762年には往路5秒復路1分49秒の誤差、1764年にはジャマイカ往復の156日間で54秒の進み、と良好な結果を出したが、1763年に3000ポンドが支払われたのみで賞金全額は支払われなかった。

その後の H5 では完璧というほどの精度でも,全額支払われず半分の10,000 ポンドが支払われました.ハリソンの息子のウィリアム・ハリソンは,この現状を国王に訴えました.その時,国王ジョージ3世は「懸賞金は経度の正確な測定法を開発した者に授けられるもので、開発者の身分に対して授けられるものではない」と言ったとのこと.かっこいいし,誰でもが納得する言葉ですね.これにより,ハリソンは残りの賞金を受け取ることができました.

参考文献

  1. ウィキペディア: 経度賞
  2. ウィキペディア: 経度の歴史
  3. Wikiwand: ジョン・ハリソン (時計職人)
  4. 画像は Wikimedia commons からの引用

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